チベットNOW@ルンタ

ダラムサラ通信 by 中原一博

2010年12月25日

ダライ・ラマ法王の講演「Peace through Compassion」カナダ、Calgary大学にて その1

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法王前回、この講演の後に行われた質疑応答の部分を紹介した。
今回は本体の講演部分を翻訳紹介する。

この講演は2009年9月30日、カナダのCalgary大学で、2万人の聴衆を集め行われた。

まず最初に大学側から法王へ「名誉博士号」が授与された。

以下法王の講演前半部分。

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 総長、教授、生徒の皆様。この名誉博士号をこの立派な大学から頂いて光栄であります。

 しかし、一つ言っとくが、私は至って怠惰な学生だ。5、6歳の時から勉強はしている。チベットでは若い時には根本教典と言われるものを暗記しなければならない。それが、千年以上前からのチベットの伝統だ。これに対して私は全く熱心でなく、興味も無かった。それでも覚えなければならなかった。その当時はお兄さんと一緒に勉強していたが、私が熱心でなかったので、教師は2本のムチを用意していた。その一本には黄色いカタが巻いてあり、それは聖なるムチで、聖なる生徒用であった。ハハハ。
しかし、そのムチが使われた時に、痛みが聖なる痛みになることはなかった。ハハハ・・・
私の勉強はこのようにして始められた。怠惰であまり勉強しなかった。
それでも、今じゃこんな博士号を頂くようになった。
だから、特別の感謝を示そう。ハハハ。

 こんな博士号を頂いたのだから、その権威に対し、ここで2つの約束をしたい。
一つ目は「人間的価値=慈悲を促進させる」こと。
もう一つは「宗教観の調和を促進させること」。
両方ともに教育、啓蒙が鍵となる要素だ。だから、私は残りの人生のすべてをかけ、人間的価値と宗教間の調和を教育と啓蒙活動により促進していくことを誓う。そうすることで今回の名誉博士号が無駄とならないように務めるつもりだ。ハハハ・・・ありがとう。ありがとう。

 私はこうして人々と交流することを非常に嬉しく思う。暗くて全体はよく見えないが、少なくとも目の前には若く、熱心で真摯な目をした人たちがいる。だから、この交流を嬉しく思う。

 まず、はじめに短く要点を話し、その後、質疑応答に入りたい。質問はいかなるものでもいい。制限はなにもない。ただ、大事なのは、質問はまじめなものであることだ。時に質問があまりに馬鹿げていると、私も苛つくことがある。ハハハ。だからまじめな質問がいい。私にとっても考えさせられる質問が来ると、それは自分の考えを深める助けにもなる。ある事について全く考えていなかったことを質問されると、驚き、自分の頭脳も刺激され、考える機会を得られて有益だ。

 多くの人に話をする時によく話すことだが、、、この中には好奇心から来ている人もいるであろう。ダライ・ラマが何を話すのかな?と。それもいいだろう。中には多大な期待と共にここに来ている人もいるであろう。それは間違いだ。私は特別な話を提供することはできないからだ。だから、そのような人は失望するかもしれない。ある人はダライ・ラマには何らかのミラクルな力(神通力)があると思って来る人もいるかも知れない。これはナンセンスだ。また、ある人はダライ・ラマには何かヒーリング・パワーがあると思っている人もいるかもしれない。私自身、ヒーリング・パワーがあると言ってる人はちょっと信用できないと思っている。私はそんなことは信じない。自分にはヒーリング・パワーなどないと広言している。去年、胆嚢を切除する手術をした。このことが私にヒーリング・パワーがないことを証明している。ハハハ・・・

 さて、今日の話題「Peace through Compassion(慈悲による平和)」に入ろう。
まず、「平和」とは何か?「平和」とは単に暴力の不在ではない。「平和」とは暴力の不在ではなく、積極的に暴力から身を引くことだ。強い決心の力と共にだ。そのような仕方で暴力や破壊がなされない状態。これが本当の「平和」だ。ヨーロッパ大陸では冷戦の時代に、ある種の平和が存在していたように見える。しかし、その平和は恐怖心<恐れと怯え、威圧>から来る平和だ。双方には戦闘を前提とした核爆弾を含む攻撃的武器が用意されていた。だから、双方は恐怖心から戦火を交える事をあえてしなかった。この種の平和は真の平和ではない。真の平和とは意識的に身を引く事だ。相手側の生命、権利を尊重するという基礎に立って、相手を害することを禁止することだ。これが真の平和だ。

 これを実行するには、まず心の中に自信に基づいた強い意志が要る。これなしに抑制する事は難しい。心が乱れていると往々にして暴力を振るう。暴力とは怒りや憎しみの行為だと言えよう。一方、平和とは慈悲の行為だと言うことができる。だから、真の平和は慈悲を通して実現される。言い換えるならば、外的永続的な平和は内的平安によりもたらされると言えるのだ。

 怒りに満ちている人には平和は不可能だ。暴力と非暴力の区別は最終的にはその動機、感情によって分けられる。他人を利用しようと目論む人が優しい言葉を使うということがある。抱きしめて、贈り物などを渡すこともある。その行動は非暴力だが、その動機が故にその行為は暴力と呼べる。逆に、時に親がその子どもの悪い行為、危険な行為を止めさせるために、その子のために、厳しい態度を取ることもあろう。相手への配慮からきつい言葉を使う時、それはちょっと暴力的に見えるかもしれないが、本質的にはそれは暴力ではない。動機が相手への配慮、真摯な慈悲、愛情であるからだ。このように、暴力・非暴力は内的態度によって区別される。慈悲による平和は論理的で事実に基づく。

続く

筆者プロフィール

中原 一博
NAKAHARA Kazuhiro

1952年、広島県呉市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。建築家。大学在学中、インド北部ラダック地方のチベット様式建築を研究したことがきっかけになり、インド・ダラムサラのチベット亡命政府より建築設計を依頼される。1985年よりダラムサラ在住。これまでに手掛けた建築は、亡命政府国際関係省、TCV難民学校ホール(1,500人収容)、チベット伝統工芸センターノルブリンカといった代表作のほか、小中学校、寄宿舎、寺、ストゥーパなど多数。(写真:野田雅也撮影)

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