チベットNOW@ルンタ

ダラムサラ通信 by 中原一博

2010年11月9日

11月5日デリー、第6回ITSG全体会議におけるダライ・ラマ法王のスピーチ その2

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df9168ab.jpg写真は会議の初めにインド式灯明に火を灯す、アドバニ氏と法王(Phayul.comより)。

昨日に続いて法王のスピーチを訳す。
これで全体の半分ほど。

映像は:http://www.youtube.com/watch?v=BLkZvUPtZd8

———————————

一方、西洋では、宗教を信じる人であろうと、信じない人であろうと、宗教に関心を持つ人であろうと、無かろうと、現代社会には道徳教育が不在であるということに同意する。
一般的に道徳教育は何らかの宗教に基づくべきだと思われている。
これが、視野を狭める要因となっている。

仏教や、インドの伝統では、、、、
かつて、この事について論じたことがあるが、、、
(アドバニ氏を指差し)
インドの伝統において、一つの哲学学派であるチャルバカは神や仏の存在、来生の存在など、すべてを否定するニヒリズム思想であり、哲学的には多くの論争がなされ、論難もされている。
しかし、一方で、この見解を保持する人はリシ=聖人と呼ばれる。
つまり、この国には千年以上前から、非宗教、世俗(secular)という理念、主義が存在するということだ。
世俗という理念は、個別の教徒を非難するのではなく、むしろすべての教徒を尊敬するという意味だ。
これには宗教を信じない人も含まれるのだ。

私はいつも言っている。
宗教的なことは、例えば私は仏教徒だか、これは個人的問題だ.
私は仏教国でない土地に行って仏教を宣伝するようなことはしない。
決してしたことがない。
しかし、私はすべての宗教のエッセンス、特に仏教で言う人間の良き性格について意見を共有するようにしている。
これは、世俗という考えに基づいているのだ。
常に、この普遍的価値について語るようにしている。
だから、多くの人々が関心を抱いてくれている。

今、いくつかの重要な研究機関、私の知る限り、例えばウイスコンシン(Wisconsin)大学やスタンフォード(Stanford)大学、エモリー(Emory)大学の3校は「心の訓練」特に「慈悲の訓練」についての研究を活発に行っている。
身体と知能と態度にどのような効果を及ぼすかについて研究を行っている。
既に肯定的研究成果も発表されている。
数日前、私はアメリカにいたが、これらの研究機関を訪れた。
今では多くの科学者が仏教の訓練方法や見解に興味を示している。

科学者との対話を通じて、私は仏教全体を区別するようになった。
仏教科学、仏教哲学、そして3番目が信仰としての仏教だ。
信仰は仏教徒のものだが、仏教科学と仏教哲学は普遍的なものだ。

30~40年前に共産党の文献の中に「現代科学が発展するに従い、盲目的信仰は自然に消滅する」と書かれていたのを思い出す。
だが、事態は反対に動いているように見えではないか。ヒヒヒ・・・
有名なトップ科学者たちが仏教科学に真摯な興味を示し初めている。
それを通じて、仏教の教え自体にも興味を示しはじめている。

だから、チベット文化の保存とは、単に6百万チベット人だけに関わる利害ではないと思う。
もっと大きなコミュニティーに関わるものだ。
まずは中央アジア、ヒマラヤの北すべてと、さらにモンゴルとロシアの一部も含まれる。
そして、もっと重要な地域は中国だ。
今、ある情報によれば、2億人以上の中国人が仏教徒であるという。
ほぼ毎週のように本土から中国人が私に会いにくる。
ある者は非常な危険を冒してまでもやってくる。 

チベットの仏教文化保存は、、、
わたしは仏教と仏教文化を分けて考える。
仏教は仏教徒だけのものだが、仏教文化は主にコミュニティーに関係するものだ。
だから、例えばイスラム教徒であるチベット人のように、彼等は宗教的にはイスラム教徒だがその生活習慣は、大いに仏教文化に影響されたものとなっている。
幸せな社会を、平和な社会を建設するためにチベットの仏教文化は、ある貢献を果たすことができる。
だから、チベットの仏教文化を保存することはチベット人のためだけでなく、より多くの人々に、特に何千万人もの中国人の若者たちに役に立つ、と私は感じている。

非常に狭い心、たった一つの見方しか持たない、、、そうではないかな、中国共産党の人たちと意見を分かち合いたい。
彼等はただ「どうやってチベット(の占領)を守るか」にしか興味を持たない。
チベット文化とはどんなものか?
チベット文化の価値とは?と考えない。
だから、すべてのチベット独特の考え方や固有のアイデンティティーに対し、彼等は恐怖を抱く。
おお、これは更なる不和をもたらすと。
これは短絡的な見方だ。

今日もあるスピーカーが言及されたが、例えば、言語の問題。
つい最近の動きとしてチベット語使用を制限しようというのがある。
だから、私はこの偏狭な心を持った中国人たちと話がしたい。
どうか、もっと全体を見渡す、大きな見方をしてほしいと。
いろんな視点から、政治的側面ばかりでなく、もっと広い見方で、チベットを見てほしいと。
これが重要だ。

これが、チベット問題の一つの側面だ。

もう一つの側面は人権弾圧の問題だ。
人権抑圧がすべての源になっている。
我々は独自の言語を持っている。
個人的観察と人からの意見に基づき、様々な仏教の伝統の中でもチベット仏教はもっとも完全で豊かなものであると私は思っている。
それがチベット語の中に含まれているのだ。
特に大乗仏教を研究する西洋の学者たちはチベット語の教典を信頼の置ける貴重な資料だと見なしている。
言語を含め、チベット文化に否定的態度を示す者に対して、チベット人は自然に反感を抱く。
これが人権侵害の要因となっているのだ。

ある時、5年以上前の話だが、一人の(本土から来た)チベット人に会った。
彼は医学関係の仕事をしている。
彼が言うには、仕事柄、収入は良い、家も大きい、子供の教育もうまく行っている。何の心配もいらない。
でも、一人のチベット人として、心には常に押さえつけられているという感覚があると。
非常に不幸だと。
こう彼が言ったとき、彼の目からは涙が溢れた。

中国の指導者たちは、ただ、家などを与え、より便利な環境を作ればそれですむと思っている。
これでは、このような問題は解決されない。
(法王、語気が強まる)

チベット文化に配慮し、敬意を示すべきだ。
彼等に文化保存の仕事を続けさせるべきだ。
環境についても同様だ。
資源開発については、その利益の一部を地域に還元すべきだ。
そうすれば、OKだ。
事態は改善される。
(会場より拍手)

もう60年経った。
古いやり方だ。
過去は失敗だった。将来も失敗するであろう。
もっと、理性的な態度を示すべきだ。
これが、皆さんと共有したい私の意見だ。

筆者プロフィール

中原 一博
NAKAHARA Kazuhiro

1952年、広島県呉市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。建築家。大学在学中、インド北部ラダック地方のチベット様式建築を研究したことがきっかけになり、インド・ダラムサラのチベット亡命政府より建築設計を依頼される。1985年よりダラムサラ在住。これまでに手掛けた建築は、亡命政府国際関係省、TCV難民学校ホール(1,500人収容)、チベット伝統工芸センターノルブリンカといった代表作のほか、小中学校、寄宿舎、寺、ストゥーパなど多数。(写真:野田雅也撮影)

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