チベットNOW@ルンタ

ダラムサラ通信 by 中原一博

2010年4月21日

救助隊には時間がない/僧侶を追い出す/ジェクンド大地震被害者への募金活動

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ジェクンド、瓦礫の下から救出されたチベット人昨日のRFAで何度か流された、現地からの電話報告を三つ紹介する。
http://www.rfa.org/tibetan/yushu-kyigudo-earthquake-related-stories/quake-victims-not-getting-enough-help-from-chinese-govt-04202010100713.html

全て電話の主が、直接自分の目で見たことだと、最初に明言している。

最初の二つは中国の救助隊がチベット人を救助してくれない、という話。

一つ目
「ガレキの下に父親と子供二人が埋まっていた。中から<俺たちは死んでない! 助けてくれ!>と声が聞こえてくる。通りかかった中国の救助隊に<手伝ってくれ。下に人が埋まってる。死んでないんだ>と頼んだ。でも、彼らは<時間がない>と言ってそのまま通り過ぎて行った。仕方ないから、周りにいたチベット人だけでガレキを取り除いた。時間がかかった。でも、三人とも救い出せた。一人の子供は片手が潰れていた。子どもは無事だった。でも、お父さんの方は病院に運ばれる途中で死んでしまった」

二つ目
「三人が埋まっている現場にいた。話によれば、中に埋まっている人から誰かに<自分たちは死んでない>と電話があったという。下から、携帯を掛けたようだ。僧侶たちが集まって救出しようとしていたが、人出が足りない。近くを救助隊が通ったので、助けてくれと頼んだ。でもここでも、彼らは<時間がない>と言って断った。
二人は救い出せたが、一人は死んでしまった」

<どうして、彼らはそんなことを言うのか?>とRFAが電話の人に聞くと、
「それは、下に埋まってるのがチベット人だからじゃないか?僧侶たちがすでに現場にいたから、それも気に入らなかったのかも知れない、、、」

三つ目は外国メディアが被災者に接触することを偽装公安が妨害している、という話。
「外人の男女がアムドの女性を通訳に連れて被災者にインタビューをしながら回っていた。自分も話を聞かれた。
話しをしてると、4人の明らかに公安と思われる私服の男たちが来て、自分と、そのアムドの女性に<いろんな話をすると、後でただじゃ済まなくなるぞ>と脅しを掛けた。
それから、沢山人が埋まっているという、近くの倒壊したホテルに外人たちは向かったが、この公安たちもずっと後を付けて行った」

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ジェクンド、働く人を見守る現場の軍隊<僧侶を追い出す。寄付は政府を通すべし>

RFAの20日付英語版によれば、
http://www.rfa.org/english/news/china/gohome-04202010144941.html

(以下、要訳)

中国当局は被災地で救助活動を行なう、僧侶たちに退去命令を出したという。
もしも命令に従わない時には各僧院は後で制裁されると言われた。
この命令に従い、明日には帰るという僧もいるが、そんな命令には従わないという僧もいるという。

住民たちは信頼できる助け人である僧侶たちが居なくなることを非常に悲しんでいる。

当局は個人や団体が直接現地入って寄付したり、救援物資を届けたりすることを禁止し、全て政府を通すことを強制されているという。

「カム、ディウックの商人は100万元(約1360万円)の義援金を集め、何台ものトラックに救急物資を満載して現地に向かった。しかし、現地の当局は彼を通さなかった」と現地からの報告。

「彼らは当局から、<援助の金や物はすべて政府を通さなければならない。団体や個人が勝手に、現地でそれらは渡すことは禁止されている>と言われた」そうだ。

同様に、近くにあるソグ僧院が集めた義援金も地方当局に渡すように命令された
という。

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20.4.2010 ジェクンド地震被害者への募金大会この義援金/寄付金/募金については色々話しがある。

昨日、中国のテレビでは一斉に北京で開かれたCCTV(中国中央電視台、国営テレビ)主催の大義援金大会の様子を放映していた。
まるで、それは日本の紅白歌合戦の舞台を見ているようだった。

写真はテレビの映像を撮ったもの。

このところ地震特集と言えばその大半は見世物と化した募金シーンを流しているので、またか、、、と思って無視しようとしたが、ふとその掲げられた赤い大きな表示板の中の額を見て、びっくり!

20.4.2010 ジェクンド地震被害者への募金。1,1億元なんと「1.1億元」と書いてある。
これを日本円にすると約13億6千万円だ!
こんな表示板を、みんな一人一人掲げ、一人一人前に出てマイクの前で演説する。
募金グループは二手に分かれていた。
どうも5000万元以上の者はステージの上に立つことができるらしい。
その数2~30人。
後は客席の軍人や、えらいさんたちの後ろの方に座って、赤い表示板だけ掲げている。

20.4.2010 ジェクンド地震被害者への募金大会実に「1億元」と掲げる人が他にも沢山いるのだった。
大体は会社や何とか慈善団体だった。
その会場で表示された額をざっと合計しただけで2~300億円の上がりだ。
画面の下には次々寄せられる募金の額と名前が、まるで株の速報のように流れ続けていた。

これってマジ?と誰しも思いたくなる。
これが、本当なら近々義援金総額は1000億円を越えること間違いなしだ。

もっとも四川地震の時には総額1兆600億円集めたというから、これぐらいで驚くにあたらないというわけか。

だが、問題はこの後だ。
精華大学の調査によると、四川地震の時の義援金の80%は政府の臨時収入となったという。
http://blog.auone.jp/hesomagari/?disp=entd_p&EP=34638158

政府に入った金は誰もチェックできないのだ。

大地震は共産党幹部のマスチフなのかも知れない。

この話を、さっきルンタレストランで、最近亡命してきたチベット人にした。

彼の言うには「あのテレビで見せる募金はみ~んな嘘さ。たとえば会社や団体で働く人が列をくんで募金するだろう。あれは、全員やらされるんだ。でも大丈夫ちゃんとその額は記録されてて、月末には給料に上乗せされて帰ってくるのさ。

会社が大きな金を寄付するのは政府に金を貸すようなものさ。ちゃんと後から復旧の仕事で儲けさせて貰えるんだから。寄付するのはそんな企業ばかりさ。
あのショーを企画したのはCCTVだ。国営だよ。金は最初から共産党に行くに決まってる。

ま、中には、可哀そうに、チベットの学生や、村の人や、僧侶がちょっとづつ寄付してるのが映されるが、これは本当だろう。
貧乏人は本気で寄付する。金持ちは宣伝と投資と思って寄付するのさ」
だそうだ。

ほんとのところは、私には分からないが、ただこの募金の額を大きく書きだしたプレートを掲げ、その個人なり、団体が、如何にチベットの被災地の人々の事を思っているかを大声でテレビの前で発表するという、慣習というか文化には、感覚的に付いていけませんです。
すべての行動はその動機により善悪が決まるというが、この人たちの動機は大丈夫なのですよね?

ーーーーーーーーーー

この義援金についても話されている、法王のメッセージビデオがyoutubeで見られる。これは東京のダライ・ラマ代表事務所が日本語訳を付けられたものだ。

http://www.youtube.com/watch?v=mgoGPtESAU8&feature=player_embedded

現地を訪問したいという話もされている。
是非ご覧ください。

また、東京の代表部が募金活動を始められた。
http://www.tibethouse.jp/news_release/2010/100421_bokin.html

もうすでにどこかの団体を通じ寄付された方も多いかと思いますが、そんな人も、今からの人も、この代表部を通して寄付するということを特にお勧めする。

現地は数日前から天候が悪化し、ずいぶんと寒い日が続いているようだ。
峠には雪が積もり、物資の輸送も滞っているとか。
まだテントにも入れない人が沢山いるという。
特に周辺の村や僧院等にはまったくまだテントは届けられていないという。

テントと言っても、それは昔住んでた、中で火が焚ける暖かく快適なヤク・テントじゃない。
中で火も焚けない、ただの小さなビニールテントの中で被災者たちは寒さに震えている。
後何カ月、いや何年そんなテント暮らしをしなければならないのか。

一方では何百億円という寄付が寄せられている。
そんな金があるなら、被災者のみなさまを温かい平野部にお送りし。
プレハブどころか一級ホテルにお泊めすることだってできるんではないかな。

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追記:今、とてもいい日本人記者のチベットレポートを読んだ。

【チベット族の秘境を行く】(中)校長は読み書きできず 財産投じ「貧しい子の運命変えたい」

http://sankei.jp.msn.com/world/china/100421/chn1004210014000-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/world/china/100421/chn1004210014000-n2.htm
http://sankei.jp.msn.com/world/china/100421/chn1004210014000-n3.htm

筆者プロフィール

中原 一博
NAKAHARA Kazuhiro

1952年、広島県呉市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。建築家。大学在学中、インド北部ラダック地方のチベット様式建築を研究したことがきっかけになり、インド・ダラムサラのチベット亡命政府より建築設計を依頼される。1985年よりダラムサラ在住。これまでに手掛けた建築は、亡命政府国際関係省、TCV難民学校ホール(1,500人収容)、チベット伝統工芸センターノルブリンカといった代表作のほか、小中学校、寄宿舎、寺、ストゥーパなど多数。(写真:野田雅也撮影)

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