チベットNOW@ルンタ

ダラムサラ通信 by 中原一博

2009年9月19日

続・囚われのドンドゥップ・ワンチェンとその妻ラモ・ツォ

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ドンドゥップ・ワンチェン氏の釈放キャンペーンに関し、
まず、最初に最新情報としていつものように若松えり様が訳して下さったITSNのプレスリリースをアップします。

その下にあるビデオドキュメンタリーはドンドゥップの妻ラモ・ツォを中心に「残された家族」をテーマにWoman’s Association が制作したものです。
中々よくできた、すばらしい短編だと思いました。
実はこの出来たてのビデオのことを知らずにルンタで一本と思い、準備はしたのですが、これを見て、まずはこれを日本語にして紹介し、短い3分ぐらいのを別に作ろうかな、、?と思案中です。
日本語にする許可を得るために来週早々WAに行くつもりです。

最後に先日ラモさんに話を聞いた時の続きを載せます。

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9月17/18日付け プレスリリース;
ドンドゥプ・ワンチェン最新情報

コンタクト;Ngawang Choephel,在米 元政治囚;+ 1 646
406 3075

チベット人映画制作者ドンドゥプ・ワンチェンが、新たに諜報活動の罪
に問われる;裁判差し迫る

9月23日、国際チベット支援団体は国連総会の席で演説予定の胡錦濤
(フー・チンタオ)に対し、ドンドゥプ・ワンチェン世界同時アクション

チベット支援者はチベット人映画制作者ドンドゥプ・ワンチェンが、新
たに諜報活動の罪に問われる可能性があるとの情報に対し、激しい怒り
を表明します。
今回入手された公式情報によるとドンドゥプ・ワンチェンは2008年
7月に”分裂主義を煽動した”罪と諜報活動の罪に問われ逮捕されたこ
とがわかりました。(1)
ドンドゥプ・ワンチェンはチベットで2008年3月26日に北京五輪
やダライラマ、チベットにおける中国政府の政策等について一般チベッ
ト人のインタビューを撮影し、拘束されてました。(2)
撮影されたインタビューは “Leaving Fear Behind”「ジグデル;
恐怖を乗り越えて」(3)と名付けられ、ドキュメンタリー映画
として、中国支配下にあるチベット人の生の声をかいま見ることのでき
るまれな映像となり、世界30カ国以上で上映されています。

「罪状となると思われる”分裂主義を煽動した”罪と諜報活動の罪に対
し激しい怒りを憶えます。」と(あなたの団体の代表者の名前を記入)
「ドンドゥプ・ワンチェンは単に表現の自由を平和的に行使したのみに
も関わらず、中国は彼をこのような深刻な犯罪の罪に問おうとしていま
す。この事件は、チベットで起きた2008年と2009年の平和的抗
議行動後、チベット人の声を沈黙させようとする残酷かつ、チベット人
の抵抗運動を継続的に取り締まる様子を象徴しています。」

ドンドゥプ・ワンチェンはー現在、西寧市第一拘置所に拘束されてお
り、裁判の開始が近づいていることが明らかにされており、チベット支
援者達は各国の大使館または外務省に対し、ドンドゥプ・ワンチェンの
裁判に傍聴してくれるよう要請する運動を展開しました。数件の傍聴を
希望する許可要請があったにも関わらず、the International Campaign
for Tibetの報告によると少なくとも一カ国の政府が裁判の傍聴要請を
拒否されたとしています。
この情報はドンドゥプ・ワンチェンの裁判が秘密裏に行われる可能性を
深刻に表しています。加えて、彼の家族が依頼した北京共信弁護士事務
所の李敦勇弁護士は接見を禁止されています。

チベットの伝統的な音楽と踊りを撮影後、自身も18年間の求刑のうち
の6年間を“諜報活動の罪”と”反政府主義活動の罪”に問われ刑務所
で過ごしたチベット人映画作家で、元政治囚である Ngawang
Choephelは、「ドンドゥプは家族や友人達と離ればなれになって、つら
い思いをしているに違いないが、同時にチベットの歴史を今この時期に
記録した勤勉で勇気あるチベット人の一人として自身を誇りに思ってい
るでしょう。彼の仕事は絶対に犯罪ではありえません。彼は人間として
与えられた自由を使って重要な問題を伝えようとしただけです。私はチ
ベットの音楽を記録したことで18年の求刑を受けましたが、国際的な
運動によって釈放されました。ドンドゥプを自由にするために世界中で
行動を起こしましょう。私は彼が私達に望みを託していることがわかり
ます。そして、私達を頼りにしているのです。私達に与えられた自由を
使ってドンドゥプを一刻も早く自由の身にするために、出来かぎりるこ
とをするのは、私達の責任なのです。

9月23日、チベット団体と支援者たちはドンドゥプ・ワンチェンに焦
点を当てるため、世界同時アクションを起こします。アクションは、胡
錦濤(フー・チンタオ)主席の国連総会の席で演説予定と同時に行われ
ます。
各団体では胡錦濤(フー・チンタオ)主席に対しドンドゥプ・ワンチェ
ンの釈放を求める絵はがきとメールを送り、同時に各国政府に対し、彼
についてのあらゆる司法手続きへのアクセスを要求するよう訴えます。

キャンペーンウェブサイトwww.freetibetanheroes.orgはthe
International Tibet Support Networkの政治囚キャンペーンワーキン
ググループによって作成されました。

8月21日、16人のドンドゥプ・ワンチェンの勇気あるチベットの友
人達は連名で青海の人民裁判所の議長に”私達はドンドゥプ・ワンチェ
ンが無罪になることを望みます。でなければ、少なくとも公平な裁判を
許可してください”と書いた署名をおくりました。

亡命中のドンドゥプ・ワンチェン の妻ラモ ツォと従兄弟
のGyaljong Tsetrinは彼の釈放を求めて、署名映画制作者に支援
を求める等の運動をしています。

ドンドゥプ・ワンチェンの写真が用意してありますので、必要な方は、
ご一報ください。

追記;
1。西側諸国の政府に提供された、政府の公式発表によるとドンドゥ
プ・ワンチェンは2008年7月に”分裂主義を煽動し、窃盗、秘密裏
に購買または入手した情報を不法に国外の組織、施設または人に対して
諜報活動を行った”疑いをかけられ、2009年6月に正式に逮捕され
ました。

2。ドンドゥプ・ワンチェンは2008年3月26日チベット東部の
(青海州)Tongdeで拘束されました。ドンドゥプ・ワンチェンは
青海州Hualong, Haidong出身、1974年10月17日生まれ。

3。”Leaving Fear Behind”「ジグデル;恐怖を乗り越えて」は
(www.leavingfearbehind.com)2008年3月にチベットから秘密に持
ち出されました。 ドンドゥプ・ワンチェンと、カメラマン
の ジグメ・ギャツォは正体を明らかにすることの危険を十分承
知の上でしたが、チベットの現状についてオープンに発言したいとしま
した。ラブラン僧院のチベット僧ジグメ・ギャツォは2008年3月2
3日に逮捕され連打や尋問用の椅子に何日間も縛り付けられる、足を縛
られて天井から逆さに吊るされるなどの残酷な拷問を受け、2008年
10月に仮釈放されました。
その後、彼は2009年3月に再び40日ほど、拘束されています。

4。 www.tibetnetwork.org/familyappealをご覧下さい。

5。. The International Tibet Support Network (ITSN)は
はチベット関連NGO間の国際協調により、チベット支援の効果を
最大限にするために、作られた総括ネットワークです。
ITSNメンバー団体は、各団体チベットの政治的な未来について独自の見
解を持ちますが、全団体は一貫してチベットを被占領国家と捉え、チ
ベット人の人権侵害に終止符を打つため、国際法のもとで守られたチ
ベットの人々の権利である政治、経済、社会、宗教や文化を決定する自
決権を取り戻すために活動しています。

Alison Reynolds;Executive Director, International Tibet Support
Network総局長
alison@tibetnetwork.org www.tibetnetwork.org
+44 7711 843884

ABC ニュース報道;ドンドゥプ・ワンチェンはYOU TUBE でもご
らんいただけけます 。リンク;http://www.youtube.com/watch?v=oXDz-dsuXks&feature=player_embedded

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ラモ・ツォビデオは張り付けかたがわからないので、各自以下にアクセスお願いします。

http://www.vimeo.com/657963

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先日のインタビューの続き。

私:どうして故郷を離れラサに行こうと思ったのか?

ラモ:自分はただの農民だった。故郷のラプランには20歳までいた。20歳の時にラサに行って、バターを売っていた。自分は農業しか知らなかった。ラサにいけば、教育が教育が受けられると思い行った。ラサに11年間いた。自分と同じようにラサでバターを売ってるアムドの女性は多かった。
ラプランは楽しいところだったが、田舎にいると考えまで小さくなってしまうと思った。あとお金がない。農業で苦労しても、お金にならない。それよりもラサに行って商売してお金を作って、それから勉強した方がいいと思ったのだ。

私:希望を持ちラサに出て、いろんなことがあって夫は今獄に繋がれ、あなたはこうしてダラムサラで一人で8人を養い暮らしている。後悔はないか?

ラモ:後悔はない。ここにいればいつも法王にお会いすることができる。もし、チベット人だったら、一生で一番徳のあることはダライラマ法王に会うことだ。向こうにいる人はほとんどダライラマの顔も見たことがない。いつお会いすることができるのだろう、と思っている人はたくさんいる。それでも会うことはできなくて、死んで行く人ばかりだ。チベット人の人生での一番の後悔はダライラマに会えないことだ。人生には色々なことがある。苦しいことはもちろんある。でも決して後悔などしない。ダライラマ法王に会うことができると思えば、自然に喜びと勇気が湧く。

私:ドンドゥップ・ワンチェン氏とはどうやって知り合ったのか?

ラモ:同郷の女友達が一人いたが、彼女のやっていた食堂で、彼女の親戚だったドンドゥップに会った。やさしい人だと思った。それから付き合い始め、結婚した。

私:チベットに帰りたいか?

ラモ:もちろんだ。夫はチベットにいる。夫だけでなくお父さんや兄弟たちもいる。でも夫は監獄の中にいる。今肝炎になっている。昔はそんな病気ではなかった。2008年に捕まってから中国の監獄で拷問を受けてそうなったに違いないと思う。自分は彼に会いたいと思っていろいろやっているが、会えない。親戚もだれも彼に会えてない。1年半誰も会えていない。自分の人生の伴侶は夫で、だからもちろんその人の元へ帰りたい。

私:今チベットに帰ったら捕まると思うか?

ラモ:もちろん、すぐに捕まるだろう。
もし、インドに行った者が、帰ってきたら、みんなすぐに見つかって逮捕される。自分が逮捕されるのは当然だ。インドから帰ったら次の日には家に警察が来る。すぐにわかる。見張り番はいろんなところにいる。数か月から一年ほど拘束され、その間尋問を受ける。何も非が無くても保釈金を払わないと外には出れない。一万、二万元と払わないといけない。

私:夫が釈放されたらダラムサラとチベットどっちに住みたいか?

ラモ:夫がこちらに来た方がいいが、すぐに来ることはできないだろう。まず監獄から釈放されることが大事だ。とにかく一緒にいたいと思う。夫とは一生連れ添い一緒にいろんなことをやるものだ。夫がいないと、自分が家族の責任を全部持たないといけない。外で稼ぐのも全部やらなければならない。一番悲しいことは、自分が一番な好きな人と一緒にいれないこと。
彼は仕事で外に出ることがあっても、一か月が限界で自分や子供のことを思い、帰ってくる。夫はそんなに家族思いの人だった。その心を広くして今はチベット人のために働いたのだろう。自分の命を捨てて、人のために仕事をした。彼の思いは、チベット人の幸福だ。それはとてもいいことだ。チベット人が中国に押しつぶされているときに、少しでも、何かすることが大事だ。ダライラマと同じで彼も中道だ。他の世界だったら一日も拘束されることはないといわれている。法律があってもチベット人には及んでない。中国人はやりたい放題だ。2008年チベット人はたくさん死んだ。今もみんな苦しい思いをしている。夫が殺されたり、妻が殺されて残された人たちがたくさんいる。世界中が助けてくれている。チベットの本当の現状を知らせるために来てくれているんだろう。真実をしらせるために夫は働いたのだ。世界中に知らせるために夫は働いたのだ。多くの人が現状を知れば知るほど、夫をチベット人を助けるだろう。中国に対しても影響を及ぼしていると思う。これからもチベット人を世界中が応援してほしい。夫のように今も苦しんでいる人たちはたくさんいる。人知れず、今監獄で苦しんでいる人たちは、国のために仕事をした人たちだ。
チベット人が立ち上がればすぐ殺される。アムド、アバの女性でナチュンという人のことを知っている。2人子供がいた。夫は中国に3月に捕まった。妻がその解放を求めに警察署に行った。妻はその場で捕まり17日間拘置所で拷問を受け、そのあと解放されたが、一言も発することもできず、4日後に死んだ。彼女のような拷問を受けて死んだ人はたくさんいる。自分がこうして話しをするのは、訴える相手もなく苦しんでいる人がたくさんいるからだ。自分は今話せるし、こうして聞いてくれる人がいる。だから話したい。家族や残された者たちの話も聞いてほしい。私は教育を受けて無いので、人に話しをすることを知らない。でも今はそういう他の人たちのためにも話すことが大事だと思っている。自分よりひどい状況の人がたくさんいる。私はいつか夫と会えるかもしれない。陽は沈んでも、またいつか登るように。でも、もうすでに伴侶が死んでしまった人がたくさんいる。世界中の人に知ってもらうことが大事だ。夫のような状況の人が何千人もいる。そういう人たちのことを知らせてほしい。苦しみの中にいる人たちのことを。

私:夫を思い出すか?

ラモ:夫には兄弟が10人いるが兄弟の中で彼が一番しっかりしている。彼がいたらみな心強い。一番苦しいのは彼がいないこと。いれば家族の責任を全部彼が引き受けてくれるが、彼がいないので、全部自分が引き受けないといけない。一番の心配は彼の病気だ。夫のことを思ってない時間はない。みんなも夫がいる人ならわかるだろう。いつも思い出す。パンを作ってるときでも、一人で作っている時いつも思ってる。
今、パンを売っているのはバスステーションだが、デリーからバスが着くたびに家族や友人同士が再会し、喜び合っているのを見る。自分の夫といつ、そういうときが来るんだろうって思いながら見てる。昔のようにまた家族一緒に暮らせる日が早く来てほしい。

筆者プロフィール

中原 一博
NAKAHARA Kazuhiro

1952年、広島県呉市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。建築家。大学在学中、インド北部ラダック地方のチベット様式建築を研究したことがきっかけになり、インド・ダラムサラのチベット亡命政府より建築設計を依頼される。1985年よりダラムサラ在住。これまでに手掛けた建築は、亡命政府国際関係省、TCV難民学校ホール(1,500人収容)、チベット伝統工芸センターノルブリンカといった代表作のほか、小中学校、寄宿舎、寺、ストゥーパなど多数。(写真:野田雅也撮影)

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