
チベットNOW@ルンタ
ダラムサラ通信 by 中原一博
2009年5月29日
銃弾二発を受け、そのまま山に逃げた一人を含む、カンゼから逃れた4人/バイク・デモ隊
<カンゼより勇者4人越境に成功>
http://www.tibet.net/tb/flash/2009/May/510509.html
昨日再び、去年のデモを先導した後、山に逃れ、最近チベットから脱出できた4人のチベット人が情報局で記者会見に応じました。
4人は共にカム、カンゼ(カルゼ)出身です。
一人目、僧ツェリン・ギュルメ氏はカンゼ県ロパ地区プクユル村の出身24歳。
彼はカンゼで昨年3月18日に行われた大きなデモを先導した後、一年三か月の間、山に隠れ続け今年5月10日にネパールの一時収容所に到着することができた。
二人目、ゴンポ氏はカンゼ県セゴ地区カドォ村出身41歳。
彼はかねてより商売をしながら、地域の抵抗運動を先導し、機会あるごとに法王の長寿を祈る法要をスポンサーしたりしていた。そのせいで当局から睨まれ苦労が多かったという。
彼も上記の3月18日の平和的抗議デモを先導した夜、逮捕を恐れ、家族を捨てて、山に逃げ込み、一年三か月の間山々を転々としながら身を隠していた。
5月10日ネパールに抜けた。
三人目、ツェワン・ドゥンドゥップ氏はカンゼ、ツォクリ・ゴロン村出身31歳。
彼は去年3月24日に、ペルデン・ツォクリ僧院の僧侶やガゴン尼僧院の尼僧その他一般市民大勢が行った平和抗議行進に参加した。
このとき軍隊と武装警官はデモ隊に襲いかかり、鉄パイプ、電気棒で殴りつけ、さらに逃げる者たちに向かって後ろから発砲した。
ツェワン氏は僧侶が一人撃たれて道に横たわっているのを見つけた。
すぐに駆けつけその僧侶を背負って逃げようとした。
しかし、すぐに自分も左脇腹を撃たれた。
さらに左肘にも銃弾が当たった。
彼はその場に倒れ意識を失ってしまった。
そこに弟ロサン・トゥプテンとその仲間が来て彼を助けだし、一軒の農家に匿った。
しかし、しばらくするとそこにも軍隊が捜査に来そうだということになり、彼は傷ついたまま山に逃げた。
それから、一年と三か月の間、山に籠っていた。何も治療を受けることができず、口では言い現わせないほどの苦しみを味わったという。
今年5月16日、やっとネパールの一時収容所に辿り着くことができた。
(彼は痛々しい銃創を見せた)
四人目、ロサン・トゥプテン氏30歳はツェワン氏の弟。
同じデモに参加した。兄のツェワン氏が倒れたのを見て、仲間とバイクを使って助けだした。
しかし、その間も軍隊は発砲を続けており、撃たれずに逃げることができたのは奇跡的だったと語った。
その後傷ついた兄と一緒に山に籠っていたという。
<チベット・バイク抗議デモ隊>
その他、RFA放送によれば、
昨日お知らせした、僧侶6人に12年~15年の刑が言い渡されたという、チャムドのジョムダ地区では26日100台あまりのバイクに乗ったチベット人たちが当局に抗議に行くと言って、チャムド方面に向かったという。
その次の27日にはさらに多くのバイクが群れをなしチャムドに向かった。
しかし、その後彼らがどうなったかは不明。
(チベットではバイクは馬なのです)
筆者プロフィール

中原 一博
NAKAHARA Kazuhiro
1952年、広島県呉市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。建築家。大学在学中、インド北部ラダック地方のチベット様式建築を研究したことがきっかけになり、インド・ダラムサラのチベット亡命政府より建築設計を依頼される。1985年よりダラムサラ在住。これまでに手掛けた建築は、亡命政府国際関係省、TCV難民学校ホール(1,500人収容)、チベット伝統工芸センターノルブリンカといった代表作のほか、小中学校、寄宿舎、寺、ストゥーパなど多数。(写真:野田雅也撮影)